哀れなるものたち | Poor Things (2023)
3.7/5.0
「女王陛下のお気に入り」や「聖なる鹿殺し」等を手掛けたギリシャ出身の鬼才監督、ヨルゴス・ランティモスによる超現実的なドラマ映画で、英国の作家アラスター・グレイによる小説の一部を原作としている。
ウィレム・デフォーが演じる異形の外科医の保護下にあって、出生に大きな秘密を持つ知能未発達の成人女性をエマ・ストーンが演じており、無垢の象徴ともいえる主人公の彼女が世界を知りながら人間として成長 (あるいは変化) していく過程がじっくり描かれる。
作品のテーマを現代社会の空気に照らし合わせて解釈するならば、女性の自立や男性依存からの脱却という、いわゆるフェミニズムについての映画といえるだろう。
ただ、説教くさい台詞やあからさまな演出があるわけではなく、あくまでも寓話的な脚本にテーマが織り込まれながら物語が展開していくので、その主張の強さに引いてしまうような歪さはない。
脚本やテーマはいったん横に置くとして、この映画では俳優達の凄まじい力量を全篇に渡って鑑賞できる。
主人公を演じるエマ・ストーンによる文字通り全てをさらけ出した演技はもちろん、その主人公に夢中になる弁護士を演じたマーク・ラファロによる人間の自堕落の表現に、俳優としての凄みを感じた。
また、主人公を含む登場人物達が纏う衣装のデザインや舞台美術には大胆さとクラシカルな美しさが共存していて、シーンが変わる度にハッとさせられる視覚の力がある。
加えて、安易にはそのスタイルを盗めないレベルの高度なアングル設計や魚眼レンズを用いた独創的な撮影技術も素晴らしい。
特に、舞台が切り替わる際に数秒間だけ入る扉画には、アートディレクションの伝統と革新が共存する美しさがあり、一見の価値がある。
他にも素晴らしいと感じたところをあげようと思えばキリがないけれど… 総じて、ジャン=ピエール・ジュネの「ロスト・チルドレン」を初めて観た時のような、視覚的な衝撃を受けた。
金獅子賞・ゴールデングローブ賞・アカデミー賞等の主要な国際賞にて様々な部門にノミネートされ受賞したことにも納得できる。
ウェス・アンダーソン、ジョナサン・グレイザー、アレックス・ガーランドといった映画監督達と並び、強烈な作家性と確固たるアートディレクションの能力を兼ね備えた最重要監督のひとりとして、ヨルゴス・ランティモスがこれからも注目され続けることは間違いないだろう。
ただ、映画が持つ芸術的観点での評価と、作品として単純に面白いかつまらないかという観点での評価は、必ずしも常に比例するものではなく、少なくともこの作品においては別のものとして考えた方がいいのかも… という読後感でもあった。