第9地区 | District 9 (2009)
4.7/5.0
自分が最も注目している映画監督のひとり、ニール・ブロムカンプの長編映画デビュー作で、何度も観返すほど大好きな作品。
ニール監督の自主制作SF短篇の世界観設定がベースになっていて、ピーター・ジャクソンにその潜在的な才能を見出され、同氏が製作にも関わっている。
優れたSFはその物語を通して現代の社会問題を寓話的に鋭く活写すると言われるけれど、この映画はまさしくそういった部類の傑作SF映画のひとつといえるだろう。
舞台となる南アフリカのヨハネスバーグ上空に、異文明の超巨大な宇宙船と異星人が突如現れるが、大規模な戦争や侵略行為が始まるわけでもなく… という物語の導入から、SFファンとしては興奮せずにいられない。
そして自分達の本来の科学技術が使えなくなった異星人と地球人が、ヨハネスバーグで反目し合いながら生活をすることになるという設定は、深く考察するまでもなく、南アフリカにかつて存在した人種隔離政策のアパルトヘイトを想起させる。
異星人達を見下し最低限の敬意すら持ち合わせていなかった主人公が、その傲慢な態度から事故に巻き込まれ、自身が見下される立場に転げ落ちるどころか、最低限の生命の尊厳さえ奪われていくという物語が、圧倒的なハイスピードとハイテンションの演出で展開していく。
異文化・異人種との理想的な共生のあり方とはといった哲学的なテーマ性も感じさせながら、物語は残虐なまでにハードかつダイナミックで、初鑑賞時は息が苦しくなるほどだった。
また、映画の冒頭と終盤を主人公の関係者による物語の後日談のインタビュー映像で挟みながら、手持ちカメラ風記録映像、報道番組の取材風映像といった様々なトーンのフッテージが本篇中でザッピング的に組み合わされる演出がとても面白く、要所で世界観や物語の展開にリアリティを与えることにも寄与している。
20世紀後半の名作SF「ロボコップ」「エイリアン」等に監督が大きく影響を受けていることは明らかに分かるが、その演出手法のアップデートの姿勢が大胆かつ真摯で、単純な模倣を遥かに越えた新たなスタイルに昇華されている。
脚本の粗さ、特に科学的な納得性や根拠の甘さを指摘するSFファンは多く、確かにそういった部分の弱さも見過ごせない。
ただ、いちSFファンの自分は、科学考証の徹底的な正確性も重要ではあるけれど、それよりも発想の飛躍度合いやセンス・オブ・ワンダーの爆発力の方が重要だと考えるタイプで、この作品は前者の綻びよりも後者の素晴らしさが勝っているように感じる。
ニール・ブロムカンプ監督の映画はこの「第9地区」以降の作品も全て観賞していて、やはり多少の欠点もありながらもその圧倒的かつ退廃的な世界の構築力に毎回感銘を覚えているが、この長編デビュー作から受けた衝撃には及ばない。
「ロボコップ」や「エイリアン」シリーズの新作の監督に就任したかと思えば色々理由があって降板したりで、その後の監督としてのキャリアは順風満帆とは言えない雰囲気だけれど、いつかまたこの「第9地区」と同じぐらいにぶっ飛んだSFを生み出して欲しいと願っている。
続篇の「第10地区」も作るらしいという話を知ってからもう何年も経つが、ニール監督の大ファンなので、いつまででも待ちたい。
自分の感性が老いて鈍ってしまう前に、映画館でまたこの作品と同じレベルの衝撃を受けられたら、最高だ。